廣瀬心香 ヴァイオリンリサイタル
楽曲解説
畑野小百合(音楽学)
レオシュ・ヤナーチェク:ヴァイオリン・ソナタ
ヤナーチェクは、チェコの民俗主義を代表する作曲家のひとりである。彼が生まれた19世紀半ば、彼の故郷はハプスブルク帝国の支配下にあった。そして、彼が没する10年前の1918年に、チェコ人は約300年にわたるハプスブルク家の支配から解放され、スロヴァキアと共に連邦共和国を築くに至った。
ヤナーチェクの音楽を理解するにあたって、彼がチェコ東部のモラヴィア出身であるという事実は極めて重要だ。西欧文化との関わりの中で独自のアイデンティティの確立へと向かった西部のボヘミア地方とは異なり、モラヴィア地方ではスラヴ民族への帰属意識が強く、東方との同一性がより追求された。
4つの楽章から成るこの作品は、ヤナーチェクの現存する唯一のヴァイオリン・ソナタである。作曲者自身の言説によれば、第一次世界大戦開戦直後のロシア軍の侵攻が創作の契機となったという。実際のところ「バッラーダ」楽章は開戦前に成立していた可能性が高いものの、ロシア軍によってゲルマン民族の支配から解放されるスラヴ民族としてのチェコ人の未来を、彼がこの作品に重ね合わせていたことは確かであろう。
美しい歌と密度の高い響きに満ちたこのソナタは、1915年の10月までに第1稿が完成した後、大幅な改訂が複数回施され、1922年に初演と出版を迎えた。
フランツ・シューベルト:ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 D 934
「歌曲の王」として広く知られるシューベルトが実はヴァイオリン演奏に長けていたこと、また、数多くのヴァイオリン作品を手がけていることは、顧みられることの少ない事実である。しかし彼の作品一覧には、弦楽四重奏曲やピアノ三重奏曲といったヴァイオリンが活躍する室内楽作品に加え、4曲のヴァイオリン・ソナタや、全4集(32曲)のレントラーが存在している。そしてこの《ヴァイオリンとピアノのための幻想曲》は、驚異的な創造性を発揮していた晩年のシューベルトが、親交のあったヴァイオリニストのヨーゼフ・スラヴィークのために書いた、大変個性的で楽想豊かな音楽である。
神秘的な序奏に続いて、活気に満ちたハンガリー風のセクションが現れ、やがて音楽は渦を巻くような目まぐるしい展開を迎える。それに続くのは、リュッケルトの詩を用いた自身の歌曲《挨拶を君に贈ろうSei mir gegrüßt!》D 741の主題と、それに基づく4つの変奏だ。変奏の過程では、シューベルト特有の幻想的な転調や、星屑を散りばめたようなパッセージ、モーツァルトのピアノ・ソナタK. 331の第一楽章(変奏曲形式の楽章)の一節の引用など、聴き手を驚かせるような楽想が次々と顔を出し、最終的には急速な終結部で作品が賑やかに締め括られる。
アントン・ウェーベルン:ヴァイオリンとピアノのための4つの小品 op. 7
ウェーベルンは、1883年12月3日にウィーンで誕生した。母の手ほどきでピアノを習い始めると、彼の音楽の関心は、チェロ、音楽理論、作曲へと拡大していった。1902年にはギムナジウム(中等教育機関)の卒業を祝して家族でバイロイト音楽祭を訪問し、ワーグナーの音楽に大きな衝撃を受けたという。同年、彼はウィーン大学に入学して音楽学を学ぶ一方、1904年には生涯の師となるシェーンベルクと知り合い、新しい音楽の領域を開拓していった。
1910年に作曲されたこの作品は、簡潔さを突き詰めたウェーベルンの初期作品のひとつに数えられる。緩・急・緩・急のテンポをもつ4つの楽曲は、それぞれ9小節、24小節、14小節、15小節と大変短く、極度に切り詰められた音の構成が、薄氷を踏むような緊張感と幽玄な雰囲気を作り出している。音楽作品としてほとんど前例がないような短さに加え、楽譜上に綿密に書き込まれた数々の表情記号も興味深い。「ほとんど聞こえないくらいにkaum hörbar」(第3曲)、「ため息のようにwie ein Hauch」(第4曲)といった指示に象徴されるように、この作品では、従来の音楽表現の枠組みを離れた、音の身振りや多様な静寂を音楽表現に取り込む可能性が追求されている。
セザール・フランク:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調
フランクは、1822年にネーデルラント連合王国(現ベルギー)のリエージュに生まれ、1890年にフランスのパリで没した音楽家である。生前は主にオルガニストとして名声を集め、パリの重要な教会のオルガニストを歴任し、1872年からはパリ音楽院のオルガン教授も務めた。作曲家としては、オルガン作品やオラトリオを含む宗教音楽を数多く手がけたほか、管弦楽作品、室内楽作品、ピアノ曲の分野でも重要な作品を残している。
このソナタは、交響曲ニ長調や弦楽四重奏曲と並ぶ、フランク晩年の傑作である。同じくリエージュ出身のウジェーヌ・イザイの結婚祝いとして1882年に作曲され、この偉大なヴァイオリニストに献呈された。元来フランクは第一楽章をゆっくりとした内省的な楽章として構想していたが、イザイの意見を反映して動きのある楽章に変更したという。全体は4つの楽章から成り、フランクお得意の循環形式(楽章間を共通の主題によって関連づける書法)がその真価を発揮している。ヴァイオリンとピアノのポテンシャルを十全に活かした書法と、独自の半音階的進行によって生み出される色彩のグラデーションが燦然たる輝きを放ち、本作品は重要な室内楽レパートリーとして確固たる地位を築いている。
廣瀬心香 ヴァイオリンリサイタル
2025年12月10日(水) 18:30分開場 19:00開演
【会場】
〒163-1407東京都新宿区西新宿3丁目20番2号
京王新線「初台駅」東口 徒歩2分(京王線相互乗り入れ都営新宿線にて新宿から2分)
【出演】
廣瀬心香 Violin
三又瑛子 Piano
【プログラム】
ヤナーチェク ヴァイオリンソナタ
Leoš Janáček Violin Sonata
シューベルト ヴァイオリンとピアノのための幻想曲
Franz Schubert Fantasie in C major, D934
ウェーベルン 4つの小品
Anton Webern 4 Pieces for Violin and Piano, Op.7
フランク ヴァイオリンとピアノのためのソナタ イ長調
César Franck Sonata for Violin and Piano in A major
【チケット】
一般4500円 学生2500円
廣瀬心香 Mika Hirose, Violin
宮崎県都城市出身。3歳よりヴァイオリンを始める。桐朋女子高等学校を経て、桐朋学園大学を首席卒業。ベルリン芸術大学学士課程、修士課程共に最高位で修了。ヴァイオリンを木野雅之、加藤知子、ノラ・チャスティン、ノア・ベンディックス=バルクリーの各氏に、室内楽を東京クァルテット、アルテミスカルテットに師事。これまでにソリストとして、ドイツ・イエナフィルハーモニー、九州交響楽団など国内外のオーケストラと共演。 桐朋学園大学卒業時には皇居の桃華楽堂にて御前演奏の機会を与えられた。宮崎国際音楽祭、レンク国際音楽祭などに出演。東京文化会館でデビューリサイタルを行い、以後サントリーホール、HAKUJU HALL、ザ・フェニックスホール等、著名なコンサートホールでリサイタルを重ねる。ドイツではオーケストラ奏者としても活動をし、ベルリンコーミッシェオペラ管弦楽団、ハノーファー州立管弦楽団でフォアシュピーラーを務めた。
現在はソリスト、室内楽奏者として演奏活動を行い、2019年ピアノ三重奏団【TRIO VENTUS】を結成し2020年東京文化会館でデビュー、2022年、2023年にはリサイタルーツアーを行い各方面より絶賛を博す。また国内外の作品の初演にも多く携わっており、作曲家からの信頼も厚い。2022年結成した弦楽四重奏団【Eureka Quartet】ではベートーヴェン 弦楽四重奏曲全曲演奏会を始め、様々な活動を展開している。録音では「Schubert & Shostakovich 」、「Busoni X Strings」、「Lux」 等がリリースされており、レコード芸術で準特選に選出されるなど高い評価を得ている。第33回青山音楽賞バロックザール賞受賞。
Trio Ventus 公式サイト www.trioventus.com
Eureka Quarrtet 公式サイト www.musicasilva.com
三又瑛子 Akiko Mimata, Piano
仙台市出身。4才よりピアノを始める。 桐朋学園大学ピアノ科を首席で卒業。同大学卒業演奏会、 室内楽演奏会に出演。第16回ABC新人コンサート、第78回読 売新人演奏会に出演。
2005~2007年、田崎悦子氏主催ピアノワークショップ「Joy of Music in 八ヶ岳」受講。2012年および2013年、日本音楽コンクール コンクール委員会特別賞(ヴァイオリン部門ピアノ伴奏)受賞。 これまでに国内外の演奏家との共演をはじめ、 文京華氏とのピアノデュオ「リブラ」としても活動。
これまでに、ピアノを庄司美知子、加藤伸佳、田崎悦子、 加藤洋之、室内楽を加藤知子、徳永二男の各氏に師事。 桐朋学園大学弦楽部嘱託演奏員。東京藝術大学室内楽科非常勤講師。石川ミュージックアカデミー、 霧島国際音楽祭、 などで公式伴奏者を務める。NPO法人ハマのJACKメンバー。